宇宙葬ひとりで星になるならばそれもいいかとぬか床混ぜる

日常から、とんでもない妄想まで。メンタルちょっと弱めです。

台所にいる時間

台所にいる時間がけっして嫌いではないことに気がついた。

私の周りでは、時短調理をしよう、時短してほかのやりたいことをしよう、という風潮が強くて、そのために、調理家電を導入しようという流れになっている。

その流れに対してうーーーん、となってしまっている自分がいる。

調理家電がそれなりに高い、というのもあるし、狭い我が家の台所の中、どこにそれを置くのか、ということもある。

 

そもそも時短したいのかな?とふと思ってしまったのだ。

 

まあ、私は夕食の準備に一時間以上かかってしまうほうなので、段取りよくして、もう少し時短したほうがいいには決まってるのだけど、調理家電導入まではいかないかな、と思っている。

私は、食事を準備している時は、よく、何かを聴いている。友達に借りたクラシックのCDとか、図書館で借りた朗読のCDとか、手持ちのCDとか、ラジオとか。スマホに入れたお気に入りの曲をリピートして流して、ひとりカラオケ状態にすることもある。

そして、私が食事の準備をしているころ、夫はうちにいるのだが、台所とは離れた別の部屋にいるので、夫が見るテレビの音などにわずらわされることはない。

 

私にとっては、食事の準備をする時間は、絶好の「ひとりの時間」なのだ。

 

私には子供はいない。たぶん、台所にいる時間を時短したい人は、時短した分の時間を子供の相手をする時間に充てる、という人が多いのではないかと思うが、私にはそれがない。

そして、なぜかわからないのだけど、食事の準備を始めるときはめちゃくちゃ疲れていておなかがすいていても、食事の準備をしているうちに、なんとなく気持ちもおなかも落ち着いてきて、なんだか気持ちが研ぎ澄まされてくる。

もちろん、調理家電に調理を任せれば、台所を離れられて、別に子供がいなくても、自分の時間に充てられる、という意見はあると思う。もちろん、そうなのだが・・・

今まで言ったことは、言い訳めいてはいるけれど、結局、私は、台所にいる時間が嫌いではないのだと思う。

まあ、今は、扇風機を回しても暑い台所ではあるが、いろいろ考え事をしながら、時には思いついたブログのテーマや短歌をスマホにちゃちゃっと書き込んだりしながら、食事を作る。私は古いタイプの人間なのかもしれない。

もっとも、そんなにのんびり食事の準備ができるのは、夫が寛大にも待っててくれるからなんですけどね~